名港中央のきまぐれブログ

きらら系やら何やらについて、好きなようにだらだら書きます

またぞろ。1巻

twitterのタイムラインで話題となっていた『またぞろ。』の単行本を購入した。きららキャラットは時々購入する程度で、前知識がほぼ無い状態で読んだが、これが非常に面白い。今回はこの作品について、主人公の穂波殊を中心に色々書いてみることにする。なお、『またぞろ。』のネタバレを大量に含むため、単行本を購入して売り上げに貢献し、予め本編を読んでからご覧いただくことを推奨する。


 この作品の主人公・穂波殊は一見、楽天家のピンク(もしくはブロンズ)髪というきらら系あるある主人公…を真逆にしたような存在である。非常に不器用かつドジで、更に自らを「人間がへたくそ」「ヒトモドキ」と散々卑下するし、すぐに精神崩壊を起こして目が虚ろになる、後ろ向きな性格である。ここまでだとただの陰キャ主人公だが、一方で彼女は全く逆の面を合わせ持っている。実際、1巻11ページの「私は諦めませんよ」や、60ページの「汚名返上したも同然ですよ」など、意外とポジティブなことも言うし、落ち込んでも立ち直りは早い。彼女は根っからのネガティブではないのである。実際、表紙カバー下やアルバムに描かれている過去の彼女は、笑顔であることが多いし、113ページでは麻里矢が「ことちゃんて変に遠慮とかしないでしょ」と現在と真逆の評価をしている。

 ではなぜここまでネガティブになったのか、原因はやはり彼女の自身に対する自己肯定感の低さだろう。彼女が他人からの視線や評価を非常に気にすることは、詩季への発言や買い物が苦手という話などから見てとれる。また彼女は、プライドが高い。前述の自虐発言や精神崩壊、更には留年の原因でもある不登校もプライドの高さ故であり、他人から責められたくない、傷つきたくないという自己防衛本能と、不器用で失敗続きの彼女自身の行動が、「自己肯定感が低いがプライドは高い」という歪んだ性格を形成していったのだろう。そして、この性格を最もよく表しているのが、泣くシーンが少ないことである。普通なら泣いてしまいそうな辛い場面でも彼女は笑っているが、これは自らを守るための笑顔であり、他人から責められることへの恐怖と表裏一体である。故に上手く笑うことができず、ヘラヘラした笑い方になってしまっている。

 しかし、そんな彼女が大泣きしてしまう場面がある。110ページ、麻里矢と別れ、電柱にぶつかった後のシーンである。麻里矢は、殊に「前の(髪型の)方が好きだった」「これからは私がいるから」と言い、中学以前の自分に依存する殊であることを求める。麻里矢に自立した姿を見せたいと思っていた殊には、当然受け入れられない話である。髪型については、巴と詩季に「似合ってる」と言われた際に照れていたことから、自分で選んだ髪型なのではないだろうか。決断力に欠ける殊にとって、その決断は大きなものであり、過去の自立できない自分との訣別という意味も持っていたはずである。それを否定された上、更に留年した殊と予備校に通う麻里矢という大きな差と、約束を守れなかった自身の不甲斐なさまで見せつけられ、殊のプライドは粉砕されてしまう。それまでなら、ここで自分を卑下して笑っていたはずだが、なんと詩季たち3人を前に号泣する。あれだけ無理に笑っていた彼女が、劣等感もプライドもかなぐり捨て、「本当に無理」と3人に助けを求めたのである。

 日常系では、人間関係において対価を求めることはなく、キャラクターたちは無条件で互いを肯定する。才能や努力は関係なく、互いを偽りなく受け入れるのである。一方で殊は、自身の自己肯定感の低さとプライドの高さから、95ページの「なんでそんなに私を気にかけてくれるんですか?」という発言を見てわかる通り、無条件の肯定を受け入れられずにいた。しかし、「留年界隈」の3人に対しては、前述の号泣から変化が見られる。117ページのポジティブな発言や、118ページの引き攣っていない自然な笑顔は、それまでのプライドで塗り固められていた彼女ではなく、偽りのない本来の彼女として3人と向き合っていることを示している。「色々と吹っ切れました」という発言からも、そのことが窺える。彼女の「人間がへたくそ」は一朝一夕に改善するものではなく、「しっかりする」にはまだまだ時間がかかるだろう。しかし、この変化は彼女にとって大きな一歩であることは間違いない。

 これまでの日常系作品は、完成した人間関係での安定した繋がりから、読者に「癒やし」を提供してきた。しかし本作は、人間関係を構築する途上を描くことで、読者を殊に自己投影させて、日常系の世界へと誘う「救済」を提供している。この作品は、殊だけの物語ではない。全ての「人間がへたくそ」な人の物語なのである。


 今回は主人公である殊を取り上げたが、本作は他のキャラクターも非常に魅力的だ。殊とは逆に自身のコンプレックスを優しさに昇華した詩季、フリーダムだが根は素朴な性格で時々「人間がへたくそ」な面が見え隠れしている巴、何かと謎が多いが優しさは詩季に負けるとも劣らない楓の「留年界隈」メンバー、悪意はないが結果として殊を傷つけてしまった麻里矢、漫才してるように見えていつも殊を心配しているハムちゃんと充希、ヤケ酒飲んできらら見てた無力な自分に葛藤を抱える竹屋による準レギュラー陣と、人間味のある個性豊かな面々が揃っている。今後はサブキャラクターの掘り下げにも注目したい。